ベートーヴェンの9つある交響曲の中でも、作曲者自らが『田園交響曲』と呼び
5つの楽章にもそれぞれ標題が付けられた第六番は、ひときわ独特な作品である。
30歳を過ぎた頃から耳に異常が起こり、人気絶頂だったウィーンの社交界を離れ
自然豊かな郊外に移り住んだベートーヴェン、同地で弟宛に書いた「ハイリゲン
シュタットの遺書」はあまりにも有名だ。
「遺書」から6年後、38歳の彼がこのハイリゲンシュタットの初夏の情景を描いた
といわれるのが『田園』で、「絵画ではなく感情を表現したもの」という作曲者の
断りを知る者でも、当時の中欧の田舎の光景が眼に浮かんでくる絵画的な曲。
名盤と呼ばれるブルーノ・ワルターの録音、ドレスデンの歌劇場オーケストラの
来日公演で聴いた快演、自分もいろんな機会に接してきたこの名曲の録音や実演の
中で、ベスト・ワンとして挙げたいのが3年前、榛名神社で聴いた『田園』である。
遡ること6世紀、万葉時代の創祀以来、この地の人々に永く崇められてきた神社の
奇岩と巨木に囲まれた神楽殿を舞台に、毎年5月末に開催されているのが『幽玄の杜
音楽会』。
2日間にわたりジャズとクラシックのコンサートが昼夜各2回行われる。チケットは
ご神水と地元産の粉で打たれた「門前そば」とセットになっていて、来場者は大門
手前に複数ある宿坊で滋味溢れる食事を済ませ、静寂が漂う参道をゆっくりと登り
ながら演奏会場の境内に向かう。
神社の大門をくぐると、誰もが別世界に入り込んだような印象を受ける。自動車等の
人工的な音は一切ない。聞こえてくるのは脇を流れる小川のせせらぎと5月の薫風に
揺られる木々のさわめきくらい。それは息の長い前奏曲に包まれているかのよう。
本殿手前の石段を登りきると目の前に現れる神楽殿と、この建物を取り囲む本殿と
その背後にそびえる巨岩は、まるで野外オペラハウスのような光景で圧倒される。
この社を建造した当時の宮司も、バッハやモーツァルト、ベートーヴェンといった
作曲家も、数百年後のこの地でこんな風に自らの楽曲が奏でられるなんておそらく
全く想像しなかっただろう、と微笑みたくなる。
クラシックの部は毎回、群馬交響楽団メンバーによるフルート、ヴァイオリン、
ヴィオラ、チェロのクァルテットの編成。自分が初めて聴いた幽玄の杜ではメンバー
自らがアレンジした『田園』の第一楽章が演奏された。
クラヲタにはこの「編成」にやたらとうるさい連中がいる。例えば作曲当時の楽団
では弦が何人だったとかこの楽器は入ってないはずだ、とか。
ただ、当時の演奏会は作曲家の自前で行われており、楽団報酬も作曲家持ち。例えば
現在の群響70名近くをフルに一晩雇えば莫大な費用が必要になる。なので交響曲でも
幽玄のような数名のアンサンブル用に編曲したりといったことも行われていた。
また、馴染みの曲でも小編成の演奏で聴いてみると、名曲の意外な一面に出会えたり
もする。確かに聴覚を失った楽聖の心の中で響いていた『田園』は、もしかしたら
こんな演奏だったのかもしれない―――そんな事件が、第1楽章の序奏後間もなく
起こった。
このアレンジで主旋律を受け持ったのがフルート。クァルテットの中で唯一のこの
木管楽器が奏でる調べとともに、杜の小鳥たちの"ツイッター"(=さえずり)が
始まったのだ。
そのさえずりは曲が進むにつれ輪を広げ、終盤には境内全体を愛らしくもあり、また
壮大なパノラマの音のエコーで包み込んだ。
まさに一期一会の演奏。"鳥"を題材にした作品を残した現代作曲家にオリヴィエ・
メシアンや武満徹がいるが、生前の彼らがこの場に居合わせていたら、その後の作品
にも影響していたかもしれない。
今年の『幽玄の杜音楽会』クラシックの部は5月23日の開催、モーツァルトの四重奏曲
『狩』等が演奏される予定。またまたどんな"即興"が繰り広げられるのか、まさに
神のみぞ知るところか。
◎幽玄の杜音楽会2010(5/22-23)
http://harunavi.jp/
門前そばに合わせていただきたい純米酒『神楽泉』(牧野酒造)はここでしか飲めない
貴重なお酒。