2010年3月アーカイブ

この落語ツアーについて何回かブログで紹介していたところ、JAたかさきさんからタイムリー
に新商品が発売された。

商品名は「上州高崎米粉かりんとう」。県産の小麦粉と米粉、さらに小麦由来のオリゴ糖
を使用することで、軽やかな食感とほんのりした甘味の一品に仕上がっている。落語ファンと
して注目したいのがそのパッケージ。蔵のイラストには家紋「高崎扇」があしらわれている。
この高崎扇が落語と深い縁がある。

karintou.JPG高崎扇はもともと高崎藩主・大河内家の家紋。幕末の頃、近代落語中興の祖、「大師匠」
とも呼ばれる初代三遊亭円朝が大河内輝聲から家紋付の羽織を拝領し、三遊派一派の
高座着に付けることにしたとの云われがある。今でも身近なところでは、『笑点』メンバーの
小遊三師匠の羽織にも見て取ることができる。

杉本章子の時代小説『ぶらり遊三』(文春文庫)でも、高座着にこの紋をつけることを許された
三遊亭遊三が高崎扇の霊験か、その後ぐんぐん人気が寄り真打に昇進する様子が記されて
いる。

ところで群馬県民なら誰でも暗誦できるくらいお馴染みの『上毛カルタ』の一札に「沼田城下の
塩原太助」がある。新治村に生れた太助は単身江戸に出て神田佐久間町の薪炭商山口屋の
下男となり、「本所に過ぎたるものが二つあり、津軽大名、炭屋塩原」と言わしめるほど、勤倹
節約で大きな財を成した。

明治9年、題材収集のため群馬県内を旅行した円朝は、この塩原太助を主人公にした人情噺
『塩原多助一代記』を創作、立身出世のストーリーはこの時代の人心をつかみ、修身の教科書
や歌舞伎の演目にも用いられ、作者自ら明治天皇の御前で口演されている。

往年の古今亭志ん生が高座にかけているが、今では殆ど聴かれることがない。幸い録音では、
先代の5代目古今亭今輔のものがビクターからCD化されている。録音年月日は1965年3月31日、
ちょうど45年前の東宝演芸会でのライブ音源だ。

imasuke5.JPG群馬出身の今輔師匠による太助は同郷人として聴くと何よりリアル。師匠自らも「上州訛りだけ
は作った円生師匠より私の方が確かでございます」とマクラの部分で語っている。もし私が日本人
のいないどこかの国に長期滞在することにでもなったら、携えていきたい録音でもある。

群馬にはこれ以外にも多数の落語との縁がある。でもあまり知られていない。古典の舞台では
『蒟蒻問答』の安中、『鈴振り』の太田(大光院)、館林(善導寺)、『らくだ』のかんかん踊り
は上野村に残る。

みどり市の「ながめ余興場」は往年の演芸文化の雰囲気をそのまま残し、先日も円楽襲名披露
公演が盛大に開催された。草津温泉でこの冬からはじまった温泉寄席も既に100回以上開かれ
湯治客に大好評だ。

現役噺家も結構いる。当代の古今亭今輔師匠、落語界の「ゼイチョウ会長」春風亭勢朝師匠、
談志門下で著書多数の立川談四楼師匠、病人の舟木一夫のような桂ひた太郎師匠。若手
二ツ目で歌丸門下の桂夏丸は20代ながらもの凄い実力派でこれからが楽しみ。寄席で人気の
音曲師・柳家紫文さんも江戸・東京生まれではない。高崎市岩鼻町の出身だ。

5月27日に今輔師匠が同乗する『落語家と行く・笑福バスツアー』は「高崎編」としてある。それは
高崎以外での県内各所で様々なパターンでの実施の可能性があることを提案してもいる。

◎群馬県観光国際協会・主催ツアー 詳細はこちら
 『落語家と行く・笑福バスツアー(高崎編)』
 http://tabihatsu.jp/program/76011.html

「おふくろの味」とよく言ったりするが、それはブイヤベースであったりトムヤムクンであっ
たり、地域や国によって定番の家庭料理でも家々で異なる独特の味というのがある。

日本でこれにあたる代表格が味噌汁だと思う。久しぶりに帰郷して実家で味わう味噌汁
に、言葉では言い表せない想いを誰もが抱くもの。

私も幼い頃から馴染んできた味噌汁の味、というのがある。その味覚の大部分は、ダシ
の素材、または使われる味噌の種類に拠るところが大きい。

実家が飲食の商売をしていて、家庭でも店と同じの八丁風の赤だし味噌を使っていた。

たまに店を手伝うことがあったが、冬の早朝の冷たい厨房でサッととったダシに味噌を
溶くときの匂い、業務用炊飯釜で御飯を炊き上げたあと、釜についた飯粒を集め握り飯
にし、まわりにこの味噌を塗り込み頬張ったあの味は、店が無くなった今でも懐かしく
思い出す。

その味噌を卸していたのが高崎の「糀屋」さん。伝統の味噌はもちろん、創業430年の
群馬県内一の老舗だ。

物産事務局員になったばかりの頃、糀屋専務の櫻井さんがお越しになり、私とは初対面
ではない、と言う。割烹着を着て店を手伝っていた小学生の私を何度も見たことがあった
そうだ。

食事処・小塙の佐藤さん家族は常連だったと最近知ったし、店の開業の際には割烹・
魚仲の羽鳥社長にはいろいろ面倒を見ていただいたと両親から聞いた。この仕事をして
いると、こういう縁が結構ある。そんなつながりは大事にしないといけない、と感謝を込め
つつ、日々自分に言い聞せている。

misogura.jpgここ数回ブログでご案内させていただいている『落語家と行く・笑福バスツアー(高崎編)』
でも、この糀屋さんがコースに組み込まれている。

古典落語の「味噌蔵」、この噺の中ではケチ極まる酒問屋の旦那が主人公の滑稽話だが、
この旦那と糀屋の22代目当主の飯島さんには全く重ならない。

企業の社会貢献、CSRという略語が定着してきたが、そんな言葉が知られるずっと以前
から糀屋さんでは地域奉仕の活動を続けている。

公民館や学校などに出向いての手作り味噌講座は年間1,000人以上が受講、日本の伝統
食文化の素晴らしさを伝えている。先日行われた市街地のまち歩きでも、社長の飯島さん
自ら店頭に立ち、地域の歴史背景や糀文化などの説明をいただいたばかり。

平成の高崎を舞台にした新作落語「味噌蔵」、創られ語られる機会があるとすればきっと
聴く者に深い感動を呼ぶ人情話に仕上がるような気がする。


◎群馬県観光国際協会・主催ツアー 詳細はこちら
 『落語家と行く・笑福バスツアー(高崎編)』
 http://tabihatsu.jp/program/76011.html

昨日の群響定期演奏会のプログラムに、ガトーフェスタハラダさんの「グーテ・デ・ロワ生誕
10周年記念・武藤順九の宇宙展」のチラシが折り込まれているのを見つけた。

これまでのイメージを覆し、全国的なラスクブームを引き起こした"王様のおやつ"、ガトー
ラスク。意外にも生まれてからまだ10年という。

深刻さを増すデフレ不況により「モノが売れない」と言われるなかにあって、同社の2010年
1月期の売上高は前年比100%増の110~120億円に達する見通しでだという。(3月27日付
「ぐんま経済新聞」)。

また昨年1月の新本社兼工場「シャトー・デゥ・エスポワール」の完成後は、買物客への工場
見学ラインの公開や社屋での書道展、コンサートなど地元への社会貢献事業にもいっそう
積極的に取組んでいる。

4月いっぱい開かれるこの「武藤順九展」もその一環。世界的彫刻家による作品展示のほか、
一流演奏家を招いての4夜にわたるコンサート、フィルム上映、トークショーが開催される。

harada-se.JPG5月27日に実施される『落語家と行く・笑福バスツアー(高崎編)』では、ガトーフェスタハラダ
本社での当代古今亭今輔師匠による一席、師匠による創作話『飽食の城』が口演される。

噺の舞台は戦国時代。信長の西国進出に際し包囲された城。城攻めの司令官羽柴秀吉は、
兵糧攻めを断行するが、城方にも秘策が・・・ 何とその城、お菓子の城だった。この噺、目の
前で製造されるラスクも登場する予定。奇想天外な結末に乞うご期待!

余談ながら、このハラダさんのラスク、芸能人にもご贔屓にしている方がいらっしゃるようで
TVでもお馴染みのベテラン噺家さんもお忍びで買い物に来られるとか。

甘い香りが漂う大繁盛の洋菓子工場での落語会、このツアーはそんな可能性を探る好機会
ともなりそうだ。

◎群馬県観光国際協会・主催ツアー 詳細はこちら
 『落語家と行く・笑福バスツアー(高崎編)』
 http://tabihatsu.jp/program/76011.html

何気なく過ごしているこの高崎には、案外すごい場所があったりする。
高崎駅西口から徒歩5分、オフィスビルが立ち並ぶシンフォニーロードの一角に明治
17年(1884年)創業の老舗「豊田屋旅館」がある。

現在の建物は昭和初期に築かれたもので、入母屋造りと呼ばれる当時の旅館様式が
そのまま残る特徴ある外観は、周囲とのコントラストも手伝い通り過ぎる人々の目を惹く。

高崎を訪れる著名人にも愛され、昭和29年(1954年)公開の映画「ここに泉あり」のロケ
でも約2ヶ月間使用され、岸恵子さんや小林桂樹さんらの宿舎にされた。女優の森光子
さんが給仕をしていたことがあるとも言われる。

そんな豊田屋旅館に、20数年前ひとりの白髪の紳士がふらっと訪れた。そして
「戦前、伝令将校として訪れた記憶があるので中を見せてほしい」と頼んだという。中を
見て「間違いない、この部屋だ」と満足そうに帰っていった。

その人は司馬遼太郎。予告もなく訪れたこの人が誰か、豊田屋代表の春原さんはすぐ
判ったという。常人からすればすごいエピソードに違いないが、その時の様子を尋ねると
春原さんは表情も変えずに坦々と話してくれた。

司馬遼太郎さんと森光子さんとの接点もこの宿であったとも噂される。そこでの出来事
が、『街道をゆく』で高崎について書くことを躊躇わせた理由なのだ、ともある方が話し
ていた。

toyodaya.JPG前回から紹介している『落語家と行く・笑福バスツアー(高崎編)』では、この豊田屋旅館
で昼食をいただく。もちろん「この部屋」、宿の2階の"10番"も見学できる。そして、今輔
師匠による一席が設けられる。

取り上げられる噺はその日の師匠の気分次第だが、宿の雰囲気がそのまま背景になり
そうな『宿屋の仇討ち』が聴けたら面白いだろうな、と期待している。

この噺は東海道道中の宿に泊まった万事世話苦労と名乗る侍が隣の部屋でドンチャン
騒ぐ魚河岸の三人組を黙らせようと一芝居打つ滑稽噺の名作。

噺家によりさまざまにアレンジされ現在でも高座にかけられることが多いが、昭和の名人
林家正蔵(彦六)師匠は舞台を高崎に設定している。

中仙道の宿場町という土地柄、「お江戸見たけりゃ高崎田町」とも言われた商都・高崎を
偲ばせる微笑ましいエピソードである。

◎群馬県観光国際協会・主催ツアー 詳細はこちら
 『落語家と行く・笑福バスツアー(高崎編)』
 http://tabihatsu.jp/program/76011.html

新作派の巨匠ともいわれ戦後の寄席で大人気を博した5代目古今亭今輔師匠。
群馬県の旧境町(現伊勢崎市)出身で、「笑点」司会者の桂歌丸師匠も彼の弟子
の一人でもある。

今輔師匠の十八番は"お婆さん落語"。その一連の創作噺に『お婆さん三代姿』が
あり、本人の口演によるCD化もされている。あらすじを記すと、

はじめの舞台は明治の頃。電車や洋食といった西洋文化が押し寄せ目まぐるしく
変化する世相に、お婆さんが江戸時代の昔を懐かしみ、娘に愚痴りながら、昔の
歌を歌いながら眠りにつく。

そんなお婆さんに「仕方ないわねえ」とつぶやく娘がお婆さんになり登場する昭和の
場面が第二場。明治の頃を懐かしみ、跳ね上がるモノの値段、派手派手しい若者
の服装を延々と娘に愚痴りながら眠りにつく。

同じく「仕方ないわねえ」と言っている昭和の娘もお婆さんになる。噺の続きは「50年
経ったらまた私が申し上げます」という師匠の予告でサゲとなる。

バスの車中や診療所の待合室で、日頃その気はなくても耳に入ってくるお年寄りの
愚痴も、師匠にかかるといつまでも浸って聞きたくなるほど見事だ。

私の手元にあるこの噺の録音は昭和30年代のもの。今輔師匠の約束どおりなら、
そろそろ噺の続き、平成の世の第三場が聞ける頃だ。

6imasuke.jpgのサムネール画像2008年5月に古今亭錦之輔が真打昇進と同時に、6代目輔を襲名した。先代と同じく
群馬県の出身。人気映画やドラマ、アニメをパロディ化したり、サブカルチャー的な
要素を盛り込みながら彼が創作してきた新作噺は数十本以上。

そんな当代今輔師匠と高崎市内の老舗、旅館、さらには食品工場をめぐるツアー
『落語家と行く・笑福バスツアー(高崎編)』が5月27日、群馬県観光国際協会の主催に
より行われることになった。

今、空前の落語ブームとあり県内各地で落語会がさかんに開かれている。高崎でも
8月の円楽襲名披露公演が結構高いチケットだけど売れているみたいだ。

そんな中、プロの噺家による車内での落語鑑賞の手ほどきや寄席の楽屋裏話なども
交え、今輔師匠による生落語2席付き。まさに落語三昧なこのツアーは、これまでに
ない試みと言えるだろう。

さらに当日ガイドは情報サイトAll Aboutで以前落語部門を担当していた高崎市在住の
清水篤司さん。実は今輔師匠とは高校の同級生でもある方。

エピソード満載のこのツアー詳細は、当ブログで数回にわたり紹介します。

◎群馬県観光国際協会・主催ツアー 詳細はこちら
 『落語家と行く・笑福バスツアー(高崎編)』
 http://tabihatsu.jp/program/76011.html

jigenji.jpg日本全国各地から桜の開花情報が伝えられています。この時期、物産事務局
へも高崎の桜の見どころなどの問合せを多数いただきます。今朝の3件電話が
ありました。

高崎市内で、いち早く桜が楽しめるスポットに高崎インターチェンジからすぐ近く
の下滝町「滝の慈眼寺」があります。

お寺のホームページでは開花情報をブログで発信していて、昨日の更新記事で
はすでに有名なしだれ桜も開花、夜桜のライトアップも始まった模様です。

慈眼寺の開創は約1200年前までさかのぼります。有名なしだれ桜は聖武天皇の
御代、南北朝末葉の文和年間中興開山乗弘大徳が、観音の慈悲を里人にとの
願いを込めて植えたもの。以来600年間、この時期には今でも多くの来訪者の目を
楽しませています。

また、ここには「少将桜」と呼ばれる1本の桜の木があります。
享保の頃、前橋城主酒井阿波守親本がこの寺の桜を愛し、一株を城内に移しました。
しかし一輪の花も持つことがなく、毎夜、寺へ帰りたいと親本の夢に立つのでこの桜は
「少将桜」と呼ばれるようになったと言われます。

この慈眼寺から西へ徒歩5分のところにある和菓子の名店「冨士屋製菓」さんには、
これらの桜にちなんだ商品があります。

fujiya.jpg『しだれ桜』は小豆つぶし餡と桜の花入りの2種類が最中。目まぐるしく周囲が変化する
現代にあって、この桜と同じく、変わることのない人々の情緒や気品高い優雅さを感じ
させてくれる味わいに仕上がっています。

もう一品が『少将桜』。卵の黄身とミルクを入れたアンをバター風味の皮で包み焼いて
おり、新しさの中にも奥深い伝統を感じさせます。

お花見にお越しになる皆さま、ぜひお立ち寄り下さい。

◎滝の慈眼寺
 http://www.takijigenji.or.jp/

◎冨士屋製菓
 http://fujiya.or.tp/story.php

ふだん電話をかけてくることがなさそうな方から問合せがあった。
「彼女と榛名神社に出かけるけど、おすすめな場所はないか」と。20代男性と思われる。

ここのところ、高崎の榛名神社に若い女性の訪問者が増えているらしい。担当者の推測
するところ、人気女性向け雑誌『CREA』3月号のパワースポット特集の影響だろう。

今さらながら購入しようと書店に問い合わせると在庫なし、ヤフオクでは定価650円の同誌
が2,000円前後の値を付けている。結局Amazonの中古で1,650円で購入でき、昨日手元に
届いた。

同号では、「各都道府県の観光担当者に教わった全138ヵ所をコメントとともに大公開」と
あり、群馬県内で4ヵ所、高崎では「榛名神社」と「少林山達磨寺」が紹介されている。

実は榛名から少林山までの国道406号線沿いは、担当者が秘かに"高崎の穴場スイーツ
街道"と名付けているスポット。和・洋それぞれ個性溢れるお菓子のお店が車でわずか
20分くらいの間に点在する。

そんなわけで、物産振興協会担当者が教えるパワースポットルートのスイーツ店をコメントと
ともに公開します。

起点は「榛名神社」。山門を抜け緩やかな傾斜を登る参道は、人工的な世界から遮断され、
脇を流れる小川のせせらぎと小鳥のさえずりだけが聞こえてくる。雑誌のとおり背後に巨岩
がそびえる本殿に到達する頃には身も心も清浄になっているはず。

harunajinja.JPG神社を後にし、国道406号線を南下。「御菓子司おおみや」さんは昨年「かりんとうまんじゅう」
が大ヒットした。午前中には売り切れる人気商品だが、生クリーム大福各種もおすすめ。

oomiya ps.JPG次に、梨や桃、プラム、今の時期なら梅の花が見ごろの榛名梅林を過ぎると、「卵太郎」さん
が右手に見えてくる。新鮮な採れたてたまごを贅沢に使った「シュークリーム」を目当てに、
週末はいつも賑わう店内。

tamago.jpg高崎西部環状線の手前に、注意していないと通り過ぎてしまうような小じんまりした和菓子店
「御菓子司・微笑庵(みしょうあん)」さんがある。群馬のブランドいちご「やよいひめ」の特大
サイズのみを選んで練乳餡で包み込んだ「ちごもち」は5月初めまでの限定商品。

chogomochi ps.jpg「高崎だるま」で有名な少林山達磨寺に向かう。お寺の手前にあるのが童話の世界に迷い
こんだようなお店「森のパン屋さん」。天気が良ければパン窯となりのテントで天然酵母パン
をかじりながら素焼きの陶器カップで各種飲み物をいただくのも癒される。

morinopan ps.JPG最後は少林山達磨寺。担当者はまだ実物を見ていないが、今週はじめに高崎だるま柄の
自動販売機(三国コカコーラさん)が設置されたそうだ。絶好の記念撮影スポットになりそう。

shorinzand.jpgということで、群馬・高崎でのパワースポットめぐり、お腹から元気になれること請け合いです。


◎おおみや
 高崎市下室田町1068
  ℡ 027-374-0075

◎たまご市場 卵太郎
 高崎市下里見町1358
  ℡ 027-343-3884

◎御菓子司 微笑庵
 高崎市剣崎町1038-4
  ℡ 027-343-3026

◎森のパン屋さん
 高崎市鼻高町313-1
  ℡ 027-325-0835
 

プラハの古本屋

   1989年に起こった「ビロード革命」後の古本屋マップは一変し、
   さらに変わりつつある。・・・資本主義になって店の性格は大きく
   変わり、その多くが観光客用の店となり、学問や文化の仲介を
   眼目とする本来の古本屋ではなくなりつつある。
   (『ビールと古本のプラハ』千野栄一著・白水社1997年)

学生時代、何度か東欧に一人旅に出かけた。初めての旅行の後、大学の
キャンパスでこの本の著者の故千野栄一先生をお見かけしたので現地で
感じたことなどお話させていただいた。

「で、君はどれくらい本買ってきたの?」半ば一方的に話していた私への
先生の第一声、それでも水増しして十冊弱と答えると、これから研究課題を
見つけようとする者がそれではいけない、とお叱りの一言。

そして、海外に行く際の心得、辞書や専門書の買い方、良心的な古本屋の
見つけ方を指南いただいた。日本からの古本の効率的な購入方法、それは
希望する書籍の内容を手紙に記し、50ドル紙幣を同封、さらに古本店リスト
もあわせてお願いする、これはその後何度も実践し、先生がおっしゃる通り
の成果があった。束の間の立ち話だったが印象深いアドバイスばかりだった。

2度目のプラハ訪問の際は滞在中に有名なプラハ城やカレル橋には訪れること
なく、昼間は専ら書店(とビヤホール)巡りに費やした。ホテルのシングルルーム
のベッド一面にいっぱいになった辞書、小説、音楽書を重要度別に、航空便、
船便に仕分けし、郵便局で段ボール5箱を購入、梱包し発送した。

その中に、ヤロスラフ・ハシェクの小説『兵士シュベイクの冒険』があった。
原題はOsudy dobreho vojaka Svejka za svetove valky、直訳すると『(第一次)
大戦に出征した善良なる兵士シュベイクの運命』となる。

IMG_2808.jpg戦記物、といっても『ガリヤ戦記』のようなシリアスな内容ではない。兵役検査で
無能と診断されたシュベイクがオーストリア=ハンガリー帝国末期、同国の兵士
として出兵する、チェコ庶民の微笑ましくしたたかで、また抱腹絶倒の愛すべき
エピソードが綴られる名作。

当時の皇帝の、どこかの国の首相にそっくりな浮世離れ振りがコミカルに描かれ
ている。ページをめくるだけでも、ヨゼフ・ラダのユーモラスなイラストが満載で楽し
い本だ。

でも辞書を片手にじっくり読みたいと思い、プラハから発送した『シュベイク』は、
日本には届かなかった。

そんな『シュベイク』をあるホームページで発見したのが先月。3月初めに当協会に
入会いただいたアンティーク絵本専門店「キュリオブックス」さんの商品サイトだ。
キュリオさんは世界各地の古絵本を取り扱うユニークなお店。

都内百貨店でもこれまでたびたび絵本展を開催しており、新刊本にはない味わい
ある活字、装丁、挿絵など手に取る者の目を楽しませている。また、今月は東京店
も開店させた。

初めて市内の住宅街にある同店に伺う時は久しぶりに旧友に再会するような気分
だったのだが・・・・。店長の渡木さんに尋ねるとシュベイクは前の週に東京店に
送ってしまったとのこと。再会ならず。

今度プラハに行けることがあれば見つけてみたいが。1992年にプラハ歴史地区は
ユネスコの世界遺産に登録され、観光客が急増している。日本からのツアーも多い。
最後にこの街に行ったのは5年前。以前に行った旧市街の古本屋あたりを散策した
が、観光客向けの版画、ガイド本、みやげ店に姿を変えていた。

各地で世界遺産登録に向けた運動が盛んなようだが、少し想像してみて欲しい。
なじみの料理屋に聞き慣れないコトバの一見さんが増え出し、突然改装し、外国語
併記の標準的なメニューに品代わりし、看板のマスターが姿を消したら・・・。

IMG_2814.jpgところで小説『シュベイク』には、ビールやプラムブランデー、ウォッカといった当地の
酒が飲まれるシーンが随所に登場する。中でも印象的なのがラム酒の紅茶割り。
グロックと呼ばれるホットカクテルで酩酊状態"グロッキー"の語源でもある。

体の芯から温まりたいときなど、行き着けのバーで作ってもらうことがあるが、
このグロックを飲むたびに、私はあの時のシュベイクの行方が未だに気にかかり
始める。

でも再会は気長に待とう。「古本は、求める人のところにいつか必ず、自ら姿を見せて
くれる」とも千野先生が言っていた。

2010年3月19日 先生の九度目の命日に記す。


◎キュリオブックス
 http://www.lab-curio.com

ロシアの作曲家イーゴリ・ストラヴィンスキーの代表作であるバレエ音楽『春の祭典』。
このプログラムが演奏会のチラシに出ると、オーケストラの事務局には「今度行われる
『春の祭典』はどんなイベントなのか」といった問合せが数件あると聞く。

祭典、といっても欽ちゃんの仮装大賞で合格点に達したときの効果音や競走馬がゲート
入りするときのファンファーレのような華々しい音楽ではない。

『春の祭典』の原題はフランス語でLe sacre du printemps。"sacre"とは「聖なるもの」の意、 
直訳すれば『春の儀式』となる。第1部「大地の礼賛」、第2部「生贄(いけにえ)の儀式」の
全2部により構成される。

原始的なリズムや不協和音が絶えず鳴り響くこの作品は、1913年パリのシャンゼリゼ劇場
での初演の際、客席からのブーイングや叫び声、さらにはけが人が出るほどの前代未聞の
大騒動となり、当時の楽壇をセンセーショナルな賛否両論の渦に巻き込んだ問題作でも
ある。

それから約百年を経た今となっては、世界各地の演奏会で頻繁に取り上げられ、現代
音楽作品の古典的存在として広く親しまれている。

私がこの曲を知ったのが中学1年の春。NHK交響楽団が後の音楽監督となるシャルル・
デュトワと初共演した模様がテレビで放送され、それまでにない大きな衝撃は、今に至る
クラオタの原体験となった。

同じ中学生の頃、給食時の校内放送係になった。お気に入りだったこの曲をかけ、
放送室で食事しながら心地よく音楽に浸っているとセンセイが入ってきて、相応しくない
からすぐに止めるよう言われた。そしてこの日の昼食のBGM音楽はモーツァルトの
『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』に変えられた。

harusai2010.JPGこの『春の祭典』が3月28日、久しぶりに群馬交響楽団定期演奏会で取り上げられる。
指揮は梅田俊明さん、地味なルックスだが群響客演のたびに期待を裏切らない堅実な
音楽作りをする方だ。

もし仮に今、群響事務局に冒頭のような「今度行われる『春の祭典』はどんなイベント
なのか」といった問合せがあったら、確かに今春シーズン高崎では様々な祭典が続くので、
業務外でも是非案内いただきたいもの。

まず高崎の春の風物詩ともいえる『高崎映画祭』が群響の前日、27日に開幕する。開幕
翌日の授賞式には、森山未來さん、オダギリジョーさん、小西真奈美さんといった人気
俳優ほか、多数の映画関係者の参加決定が伝えられている。

授賞式と群響定期の同日、音楽センター前のもてなし広場では、例月の「ようこそ高崎・
人情市」が開催される。今回のテーマは『春のスイーツフェア』。選りすぐりの高崎スイーツ
が会場を彩る。

そして翌週の4月3日・4日は「高崎春まつり」と「たかさき粉フェスタ2010」が市中心部で
開催される。「春まつり」には当協会から20数店舗が出店、過去最大規模となる模様。
また、今年初めて開催される「粉フェスタ」には、うどん、まんじゅうなど群馬・高崎の代表
産品である小麦粉を素材にした商品が多数揃う予定。

クラシックから映画、スイーツに粉料理、あたなにピッタリな『春の祭典』に、今シーズンの
高崎で出会うことができます!

◎高崎の春のイベント情報は 
 (社)高崎観光協会サイトへ
 http://www.takasaki-kankoukyoukai.or.jp/
 

「何ニヤニヤしながら見てるの?」と周りの人たちから言われながら、先週末から
ずっと眺めている本がある。

確かに入浴写真が満載の一冊ではあるが、いかがわしい本ではない。先月この
ブログで紹介した抜井諒一さんによる自費出版本『群馬伝統銭湯大全』である。
すでに新聞各紙の地域版で取り上げられ話題となっている。

景気の低迷から「安・近・短」(安い・近い・短い)がキーワードになっている日本の
レジャー業界にあって、まさに時機を得た穴場スポットと言える「銭湯」に、担当者は
すっかりハマってしまっていて、週末は『銭湯大全』を片手に湯屋巡りに勤しんでいる。

残念ながら我が家から徒歩圏内の銭湯はすでに姿を消してしまっているが、抜井さん
の著書に収録された高崎市内の銭湯マップを見ると、現存する銭湯はJR北高崎駅の
周辺に集中している。

R0019196.jpg毎日チェックしているブログに迷道院高崎さんという方による『隠居思いつ記』がある。
高崎周辺の街道の今昔など、中山道歩きをされる方からの問合せの際などにも重宝
しているページだが、以前に高崎の銭湯を取り上げた記事があった。

迷道院さんによると、高崎の本町から嘉多町までの南北、あら町から下横町までの
東西に抜ける小路は「湯屋横丁」と呼ばれていたとのこと。

後者周辺の銭湯はすでに昨年までの間に全てなくなってしまったが、北高崎駅から
ほど近い本町周辺では数軒の銭湯が今でも健在だ。

先日行ってみたのが本町の「浅草湯」さん。戦前に創業した、当時の面影を残す市内
最古参の銭湯で、そのことは番台に健在のお婆ちゃんからも伺える。

まだ肌寒さの残る3月初めの北風にあたりながら、心地よい湯あがり気分を満喫し
この界隈を散策していて、物産担当者として興味深いことに気づいた。

浅草湯さんを起点に半径わずか1キロ圏内に、当協会の会員店舗が実に多い。そして
ジャンルも多岐にわたる。

konoe.GIF和菓子店として「長崎カステラ」の鶴亀堂さん、「湯の花まんじゅう」の清芳亭さん、
「ソース煎餅」の上州たぬきやさん、今さくら餅が売れてる鉢の木さん。老舗揃いだ。

また、食事をしたければ120年のタレの鰻重が楽しめる魚仲さん、上州牛ステーキの
丹涼さん、ランチも好評な完熟屋さん、季節メニューが充実した珈琲店・きゃらばんさん。

市内ベーカリーとしては百年近くの伝統があるkonoeさんの総菜パン、特に具だくさんの
ピロシキは私のお気に入りの一品でもある。

何となくブレイクの予感の群馬・高崎の銭湯。
甘味や食事を加えてのプラスアルファな楽しみ方も充分可能です。

 

sekihanmanjyu2.jpg高崎市物産振興協会の会員の方は多彩な面々だと日々感じている。それは商品
はもちろんのこと、むしろ本業?以外でそう言える。

フラワーアレンジメントの権威だったり、街づくりプロジェクトの仕掛人だったり、と
毎朝何気なく開く新聞紙面で、思いがけず会員の方の活躍を目にする機会がある。

群馬の地元紙・上毛新聞の高崎周辺エリア版に毎週金曜日に発行・折込みされる
「TAKATAI」がある。地域の旬な飲食・観光情報が満載で、物産担当者としても見
逃せない情報源でもある。

そんなTAKATAIに、月1回『夢写紀行』という連載があり、秀逸な写真とともに季節の
話題を盛り込んだエッセーが掲載されている。その執筆者が、和菓子店「六郎」の
梶田六郎さんだ。

この連載はすでに7年も続けられており、読者からは書籍化を望む声もあると聞く。
先週はちょうど今見ごろを迎えた高崎の「箕郷梅林」が紹介されている。

梶田さんの感性は、控えめながら上品でいて個性的な和菓子の商品からも充分伺う
ことができる。

また、店内の菓子が並べられた脇のコーナーには季節に合わせたアート作品が展示
されており、購入した商品を包装していただいている間も、お客さんの目を楽しませて
くれる。先日は蝋細工による盆栽が本物さながらに飾られていた。

rokuroushop.JPGところでこのタイトルの日本一モッチリ感あるまんじゅうについて。
ここのところ高崎の「おおみや」さんの「かりんとうまんじゅう」が全国的に話題だが、
「日本一固いまんじゅう」と購入者のブログで紹介されいっそう注目されたという。

六郎さんの定番商品に「赤飯まんじゅう」があるが、私はこのまんじゅうのモッチリ感が
とても気に入っている。甘さの中の適度な塩加減が後を引き、何しろ食べ飽きない。

栗おこわと醤油おこわの2種類があり、赤飯がまんじゅうの皮でやわらかく包み込まれ
ている。どう表現したらいいだろう、直径2ミリほどの生パスタを絶妙なアルデンテで茹で
上げたあの食感をそのままに30倍くらいの大きさにした感じだろうか。分かりづらいが。
とにかく一度お試しあれ。

もう数週間で高崎も桜の季節。訪れる者の味覚と視覚を双方で楽しませてくれる商品が
六郎さんでもそろそろお目見えする頃かな。

◎六郎
 高崎市貝沢町465
 ℡ 027-363-1480
  http://rokurousan.gunmablog.net/

大吟醸の酒粕

JR高崎駅東口のヤマダ電機の向かい、代々木ゼミナールの2軒隣に、小さな店舗ながら
店主のこだわり抜いた地酒が揃う春川酒店さんがある。牧野酒造さんの特約店でもあり、
入手しづらい小ロットの生酒なども入荷するとその都度教えてくれる。

先日、以前に頼んでおいた品が入ったとの連絡をいただき早速伺った。牧野酒造さんの
『大盃・大吟醸』の酒粕だ。毎年この時期に入荷する限定品で、酒蔵でもお得意さんのみに
提供しているらしい。

吟醸酒といえば清酒愛飲者なら誰でも憧れるのがその芳醇な香り。「吟醸香」と呼ばれる。
この香りが生まれるメカニズムは、涙ぐましいほどの酵母の働きによる。

温度が高いほど発酵は進む。通常の日本酒は15℃程度という。それが吟醸酒の場合は10℃
以下という低温で行われ、当然酵母にとっては快適ではない、雪の中の寒稽古みたいなもの
だろうか。

このようなきつい環境だと、酵母は自らの糧となるブドウ糖を求めアップアップした状態となり、
普段は使われることがない「芳香エステル系」という回路を使用してエネルギーを作り始める
のだという。果物風のあの芳香は、そんな極限状態に置かれた酵母の貴重な産物なのだ。
(参考「つい披露したくなる酒と肴の話」 小泉武夫著 小学館文庫) 

sakekasu.JPGそんなありがたい吟醸香を発し続ける酒粕が、いま我が家に冷蔵庫保存してある。扉を開く
たびに幸福な香りが漂い、思わず深呼吸してしまう。冷蔵庫内のニオイ移りというとあまり
良いイメージではないが、吟醸香となれば話は異なる。

食パンや豆腐、プレーンヨーグルト等々、酒粕の隣でほんのりフルーティーに香りづいた食品
たちは、朝どうしても酒が飲みたい時の気分をなだめてくれる。

以前、独身で生活に多少余裕があった頃、スコッチウィスキーのマッカラン12年をボトル半分
くらい使ってカレーを作ったことがある。それはこれまでにない高級感溢れる香りと味わいだっ
たのを鮮明に記憶している。

この『大盃・大吟醸』の酒粕も、料理に用いると期待どおりに威力を発揮してくれる。甘酒や
粕汁はもちろん、特に鍋の時など適量具材と汁を残し、カレーにしても美味だ。天然ココナッツ
で仕上げたような本格風の一品になる。

また、手軽なところではインスタントラーメンに少量加えたりする。初めてなら「サッポロ一番」の
味噌をおすすめする。表示どおりの水を沸騰させる段階で酒粕を一片、あとは通常どおり調理
するのみ。酒粕の風味を味わうなら、具材は白菜やキノコ、茹で豚くらいでちょうどいい。

tamanae.JPG酒粕を購入した時、数量限定だけど、とお店で勧められたのが『大盃』の純米酒『吾妻玉苗』。
仕込む際の米を栽培からこだわったもので、市内の高級寿司店から追加醸造のリクエストも
出ているとか。私はまだ飲んでいない。

◎牧野酒造
 http://makino-sake.co.jp/

 

新しい時代を迎える群響へ

ここ数回にわたり紹介してきた群馬県観光国際協会主催ツアー『音楽の街・パスタの街』。
このツアーは群馬交響楽団の「新旧」を体験できるものだ。

黎明期の群響をモデルにした今井正監督の『ここに泉あり』は日本映画史に残る名作と
して知られる。県外では、いまだにこの頃のイメージで群響を語る方が多いようだ。
この映画を当時の背景から語れる方の一人に、当協会会員の洋菓子店「ラ・メーゾン」の
米山さんがいる。

映画『ここに泉あり』は、その名を「音楽の家」La Maison de la musique というこの洋菓子
店から始まる。「群馬交響楽団」は高崎市田町にあるその店の階上に集まった演奏家たち
から生まれたのだ。

このツアーでは演奏会前の音楽センターロビーで、当時の楽員との語らいの時間も設け
られ、ラ・メーゾンさんの焼菓子「シンホニー」もあわせていただくことができる予定。

lamaison.jpgところで、映画では楽器を載せたリヤカーを曳きながら山中の学校での移動音楽教室に
向かうシーンが印象的だが、現在では県内各地に建てられた音響の良いホールに会場を
代え、地元の子どもたちは小・中・高校在校中各1回必ず生のオーケストラ演奏に触れる
機会に恵まれている。

『泉』当時の群響の精神は変らず受け継がれており、特に前音楽監督の高関健氏の在任
中は、欧州の名門音楽祭にも招聘されたり、世界的演奏家との共演や現代作品の日本
初演等もたびたび行われ話題を呼んだ。

ツアーが行われる5月22日定期は高関氏の後任である気鋭の指揮者・沼尻竜典氏の芸術
アドヴァイザー就任披露演奏会。この楽団が新たな時代を迎える記念の瞬間に立ち会える
貴重な機会になるだろう。

lobby.JPGもう10年以上前だが、新聞の文化面で、当時30代だった沼尻が音楽コラムを連載していた。
毎回楽しみに読んでいた中に、こんな話があった。信号機を含め街のあらゆる場所で垂れ
流し再生される音楽を、沼尻氏は監修することになったホール周辺では一切止めるよう地元
自治体に懇願したという。

確かに演奏会はホールでの数時間だけではない。ホールへ向かう道、その周りの風景、
そしてまだ耳の奥に余韻が残る帰り道、それらのイメージと実演が重なり合うのが演奏会の
印象となる。

昨年、沼尻氏の群響ポスト就任決定後、地元紙に同氏へのインタビュー記事が掲載されて
おり、演奏会後に地元産品を交えてファンとの語る機会も設けたいといったようなことを
コメントしていた。これまでも音楽メディア等で率直な発言が注目される沼尻氏、このコメント
も決してリップ・サービスではないだろう。

"地方オーケストラの草分け"と言われてきた群響だが、後続の楽団も地域に根付いた特徴
ある取り組みを展開し新たな聴衆を獲得しており、特に監督不在のここ数年、群響にはコレ
といったインパクトある話題に乏しかったのではと、一群響ファンとして感じている。

そのような面からも、沼尻体制下のこれからの群響に期待したい。このツアーにはそんな
沼尻氏へのエールと、ささやかな提案が込められている。

◎群馬県観光国際協会・主催ツアー 詳細はこちら
 『音楽の街・パスタの街 ~群馬交響楽団と高崎パスタ~』
 http://tabihatsu.jp/program/76010.html

卒業式シーズンである。

中学校の卒業式前日に、担任の先生が一人づつ将来の夢をテープに録音してくれた。
自分は「ウィーンのムジークフェラインでウィーン・フィルを聴く」と吹き込んだのを記憶
している。

ムジークフェラインはシュトラウスのウィンナ・ワルツとともに毎年元旦に衛星中継さ
れるニューイヤーコンサートの会場でもあるのでご覧になったことがある方も多いと思う。
そう、いま上映中の『のだめカンタービレ』のコンサートシーンでも使われているあの
黄金色のホールである。

その夢はそれから5年後の学生時代の一人旅で、意外と早く叶えられた。

ウィーンは"音楽の都"とも呼ばれる。それは街中どこでもスピーカーで音楽が流れてる
わけではもちろんない。石畳の路地を抜けていく路面電車、菓子屋に並ぶ色鮮やかな
ケーキやチョコレート、街頭のスタンドから漂うソーセージが焦げる臭い、様々な風景が
音楽を感じさせる、その名のとおり音楽の都なのだと思う。

高崎も"音楽の街"を掲げている。この街をウィーンと較べるのは、幕下力士が横綱に
挑むようなものだろう。それは連夜多数の演奏会が開かれる東京にしても、総合的に見
れば、まだ小結クラス程度にちがいない。

でも、確かに日常的に音楽を感じたり、あまりにも身近に音楽家が生活しているのが
高崎だと感じている。毎月1回、群馬音楽センターで開かれる定期、会場近くには演奏会
前後にゆっくり食事したり喫茶したりする場所がない、というのは昔の話。いまだにそんな
こと言うひとは自動車で来てそそくさと帰る人たちだろう、きっと。

高崎駅からホールまでのシンフォニーロードや大手前通りあたりには、オープンカフェや
ダイニング、また音楽好きが立寄るオーセンティックバーが幾つもある。演奏会が跳ねた
後なら、楽員が集う地酒が自慢の居酒屋だってある。

music center.JPGオーケストラがある街に住む者の特権はまだまだある。オーケストラの平日、演奏会近く
なると音楽センター周辺で楽器を持った楽員を見かける。

彼らのランチタイムは13時からのようだ。それまでモーツァルトやハイドンを練習していた
かもしれない楽員も、食事場所は優雅というより庶民的。役所地下の社員食堂だったり
スズラン百貨店食品売場の立食い蕎麦だったりする。

定期演奏会前の立食い蕎麦カウンターでの彼らの会話は気になるもの。客演する指揮者
やソリストの評価、楽員の健康状態や微妙な人間関係。やはり気になるし、率直な確かな
情報が聞こえてくる貴重な場所でもある。

高崎パスタの人気店で当協会会員の「スパゲッティ専科はらっぱ」さんもホール近くに店舗
があり、楽員もよく利用するとのこと。ヴァイオリニストはボンゴレが多い、とか金管奏者は
いつもトマトソース、といった楽器別のオーダー傾向までは分からないが、確かに群響楽員
流の食べ方があるようだ。

はらっぱさんのランチセットには、サラダと飲み物、それに厚切りのバケットが2枚付く。高崎
が発祥だというスープ・パスタの流れを汲み、はらっぱさんのパスタはソースもたっぷりだ。

このソースを楽しんでもらいたい、と発案されたのがこのバケットだ。ヨーロッパの方と食事
をすると、残ったソースをパンに付けて食べるので食後の皿はキレイになっている。また
それは出された料理が美味しいという無言の評価でもある。

群響楽員も海外留学をされていた方が多いせいか、バケットの追加注文が結構あるのだ
とか。通常のセットだけでも満足なボリュームの高崎パスタだけど、オーケストラはやはり
体力の要る仕事なのかもしれない・・・。

ここのところ数回続けて紹介させていただいている群馬県観光国際協会ツアー『音楽の街・
パスタの街』では、はらっぱさんでの生パスタでの夕食もセットされているので、群響楽員流
の食べ方も是非試してみてはいかが?


◎群馬県観光国際協会・主催ツアー 詳細はこちら
 『音楽の街・パスタの街 ~群馬交響楽団と高崎パスタ~』
 http://tabihatsu.jp/program/76010.html

I like Chopin, but...

今年2010年はピアノの詩人フレデリック・ショパンFrederic Chopin(1810-1849)の生誕
200年にあたることから、記念コンサートや関連CDの発売が目白押しだ。またショパン
の祖国ポーランドでは、5年に一度の「ショパン・コンクール」の開催年でもあり、世界中
で過去になく彼の音楽が流れることになりそうな気配。

失われた祖国、というこの作曲家の伝記的なエピソードはクラシックファンでなくても
広く知られるところで、私はその先入観が邪魔をしてしまい、どうしても純粋に音楽に
浸れない。

むしろ、ガゼボやマル・ウォルドロンといったポップスまたはジャズにアレンジされ、さり
気なく挿入された一節を経由して楽曲のイメージを膨らませるほうが私には容易だ。

大学の頃、同じクラスに自分と気が合わないショパン好きがいたせいもある。担当教授
も彼びいきだった。ちなみに、彼は今ショパンの研究で飯を食っている。

ところで今年、もう一人記念イヤーを迎えるポーランド生まれの作曲家がいる。生誕150
年を迎えるイグナツィ・ヤン・パデレフスキIgnacy Jan Paderewski(1860-1941)。ショパン
と同じく、高校の世界史教科書でも記されていることがあるが、彼の場合は文化・芸術史
ではなく第1次大戦後のヨーロッパ政治史にである。

ドイツ帝国およびオーストリア=ハンガリー帝国の支配下でポーランド貴族に生まれた
彼は幼少期から音楽を学び、20代の頃にはピアニストとして欧州各地で名声を得る。
聴衆の熱狂ぶりは異様なほどだったという。

1900年頃からは作曲に活動の主軸を置くことになるが、当時の貧しい農民の援助等
慈善活動にも積極的に取り組む。また、第1次大戦中はフランスのパリにて「ポーランド
民族委員会」の一員として活動、同国の独立に尽力する。

そして1919年、帝国から独立したポーランド共和国の首相および外務大臣を兼務。
政治の世界から退いた後、コンサートに復帰するもナチス・ドイツのポーランド侵攻後は
ロンドンにてポーランド亡命政府の指導者となり、1941年にニューヨークで客死した。

彼の代表作は1888年に書かれたピアノ協奏曲イ短調。後に訪れる自らの共和国樹立を
予感させるような音楽だ。

管弦楽の長い序奏のあとそっと奏でられるピアノによる主題はこの上なく孤独で、不安に
満ち溢れていて、いつ聴いても胸を締め付けられる。続く中間楽章は乙女たちの祈りの
ように、独奏楽器が代わる代わる呼吸の深いフレーズを織り重ねる。

そして終楽章。ポルカ風の民族的色彩豊かで、跳ね上がるような旋律は喜々とした民衆
の歓びの声のようで、祝祭的なファンファーレにあおられ輝かしいクライマックスを迎える。
ただそれも、その後ナチス・ドイツに蹂躙されることになる同国の悲劇を知る者としては、
かえって切なささえ感じてしまう。

今思い出したが、大学受験で電車移動の際に聴いていたカセットの中にこの曲が入って
いた。残念ながら、現在のことろ国内盤CDは廃盤で入手困難のようだし、演奏会でも殆ど
プログラムにのることはないが、ショパンと並んで、もっと聴かれてもいい曲だと思う。
そう、特に聴いてもらいたい方がいる、この国には。

piano.jpgさて、前回ブログで紹介した群馬県観光国際協会のツアー「音楽の街・パスタの街」では、
群響定期演奏会の前にピアノプラザ群馬さんに立ち寄る。

同プラザはスタインウェイ、ベーゼンドルファー、ベヒシュタインといった世界のピアノが揃う
国内随一の代理店。理想の状態で展示された銘器を試弾できるスタインウェイセンターや、
コンサート機能を備えたシューベルト・サロンなどを併設、「音楽の街・高崎」を代表する
スポットでもある。

この日の群響でのプログラムはチャイコフスキーとショスタコーヴィチ。くしくも帝政ロシア
とスターリン圧政下のソヴィエト時代に作曲された2曲だ。前段のピアノプラザでは、ピアノ
独奏によるミニコンサートが組み込まれているが

そこで是非聴いてみたいのがショパンとパデレフスキの作品。体制は異なれどもユーラシア
の大国に各時代支配された小国ポーランドとの、管弦楽曲とピアノ小品という対照的な
プログラムが実現できれば、このツアーもいっそう印象深いものになると思う。

ピアノプラザの中森さんに、こっそり提案してみようかな。

◎群馬県観光国際協会・主催ツアー 詳細はこちら
 『音楽の街・パスタの街 ~群馬交響楽団と高崎パスタ~』
 http://tabihatsu.jp/program/76010.html

『N響アワー』という日曜夜9時からNHK教育テレビで放送されているクラシック音楽
専門番組がある。生演奏に接する機会が限られる地方在住のクラシックファン
どうしが出会うと話題にのぼることが多いのが、このジャンルの音楽を聴き始めた
頃のN響アワーのオープニング曲は何だったか、である。

2010年現在はシューマンの交響曲が流れるが、自分の時はチャイコフスキーの
ピアノ協奏曲だった。ホルンのユニゾンで始まる勇壮な冒頭の部分は、クラシック
ファンでなくても一度は耳にしたことがある有名なフレーズでもある。

当時のこの番組の進行役はそうそうたる顔ぶれだった。芥川也寸志(龍之介の三男、
作曲家)、なかにし礼(作詞家)、木村尚三郎(西洋史家)による鼎談で、紹介される
音楽とともに格調高い内容だったのを懐かしく思う。

その後進行役はショパン弾いても未だにカレーのイメージしか浮かばないピアニスト
や放送中ギャグ(決してウィットとかユーモアの類でない)を言うことしか考えていない
作曲家といった混迷期を経て、現在は作曲家の西村朗氏と局アナに落ち着いている。

ところでクラシックファンというと、お金持ってそうで、インテリぶってて、みたいなイメージ
があるようだが、少なくとも自分の周りにはそういう人はあまりいない。

例えば学生の頃は毎日菓子パン一つ、それもY社のチョコチップメロンパンだけを
一日かけて食いながら過ごしてたショパン狂がいたし、10年間いつも同じナイロンの
ジャージにリュック背負った現代版画伯みたいな格好のコンサートマニアも時々
高崎にまで遠征してくる。

また、ポップスや演歌に比べて鑑賞人口が少ないこともあり、相手がクラシックファン
だと分かると、それまで寡黙だった初老の紳士が急に饒舌な青年に変ったりする。
この連帯感みたいなものの濃ゆさは読売巨人軍やゴルフのファンにはないもので、
むしろ広島カープファンやアマチュア無線愛好家のそれに通ずるだろう。

あくまでも個人的な経験を記したに過ぎないが、この国のクラシック界を聴く側で支え
ているのは、そんなトホホな人たちでもある。

cocert hall1.JPG群馬交響楽団の2010/11年シーズン定期演奏会のプログラムが速報版として発表に
なった。同シーズンから沼尻竜典氏が首席指揮者兼芸術アドバイザーに就任する予定
で、初回5月22日の演奏会は同氏がタクトとる。プログラムはチャイコフスキーのピアノ
協奏曲ほか。

前音楽監督の高関健氏の在任期間を踏まえると、新時代を迎える群響に立ち会える
10数年に一度の好機といえそうだ。

そんな演奏会と高崎の物産がセットになったツアー『音楽の街・パスタの街』が、群馬県
観光国際協会から発売された。

見どころ、聴きどころ、食べどころ満載のこのツアー、詳細は次回ブログで紹介します。

◎群馬県観光国際協会・主催ツアー 詳細はこちら
 『音楽の街・パスタの街 ~群馬交響楽団と高崎パスタ~』
 http://tabihatsu.jp/program/76010.html